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 ぼくが妻と出会ったのは、大学1年の春だった。

 中学高校6年間を通じて友達がひとりもおらず、なかなかの闇を抱えた青春を送ったぼくは、地元・広島を飛び出して関東の大学に進学した。


 しかし、環境を変えればすぐ人生が変わるというわけではない。
 入学前、アパート探しのために父と一緒に大学生協を訪ねたときも、入学式の前日、練習でアパートから大学まで歩いて行ってみたときも、入学式の当日も、ぼくはずっとビクビクしていた。
 なんせ、初めて踏む土地、初めて見る人、初めて聞く方言だ。
 直近6年間、ほぼ誰とも話さず家と学校を往復していただけの人間にとって、それはあまりにもハードルが高すぎた。

 怖いな、いやだな、隠れてしまいたいな。

 そう思いながらも、なんとか最初の数週間、がんばって大学に行き続けた。
 ちなみにそのとき、ぼくの原動力は「親への見栄」と「2ちゃんねる」だった。
 親に心配されるのは情けないから、とりあえず最初だけでもちゃんと行こう。2ちゃんに「新歓時期と最初の講義だけは死ぬ気で行け。そこでつまずいたらぼっち確定だぞ」と書いてあったから、そこまでは死ぬ気で行こう。
 どっちもまっとうな動機ではないが、ここで大切なのは動機よりも行動だ。ぼくは毎日、アパートと大学を往復し続けた。


 そして、ぼくはとりあえずサークルに入ることに成功する。
 ボランティアだったり、企業訪問だったり、工場見学だったり、まあ社会体験みたいなことをいろいろやってみましょう、というようなサークルだった。
 新歓時期にたまたま勧誘してもらえて、なんとなく入った。特にボランティアなどに高い志があったわけでは、ぜんぜんない。

「今月の○○日にお花見を兼ねた歓迎会やるから、よろしくね!」

 お花見!歓迎会!
 ウワサには聞いたことがあるぞ。ぼっちなので行ったことはないが、情報強者のぼくは2ちゃんで勉強したぞ。
 そこは、「親交を深める」「楽しく騒ぐ」といった名目のもとに、新入生のコミュニケーション能力を試験する場であると聞く。コミュ障やぼっちは見つかりしだい磔にされ、市中引き回しの末に桜の木の下に埋められると聞く。2ちゃんにそう書いてあったから間違いない。

 これは、がんばらなくては。
 この一日、いや、お花見の数時間だけでいい。せいいっぱい、リア充を演じなくては。ずっと日なたを歩いてきた、明朗快活な人間っぽくならなければ。


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 しかし、そんな決意ですぐどうにかなるほど、リア充の道は甘くない。
 お花見&歓迎会が始まり、最初こそがんばって見よう見まねで周囲と一緒に盛り上がっていたぼくだったが、化けの皮は30分もあればすぐに剥がれる。
 自己紹介でたいしたおもしろいことが言えるわけでもないし、「高校のときはなにしてたのー?」と聞かれてもなにも答えられないし、そもそも、誰となにを話したらいいのかもよくわからない。どういうふうにあいづちを打ったり、話に割り込んだりしたらいいのかわからない。

 いちおう形として、話の輪の中にはいるが、実態は完全に蚊帳の外。ただそこに座って、へへへ、と愛想笑いをしているだけ。
 そんな状況がしばらく続いたあと、トイレに行って戻ってきたら、ついに、その輪にぼくが入るスペースはなくなっていた。
 まあ、そりゃそうだな。ぼく、いてもいなくても同じだもん。っていうか、ぼくがトイレに行ったことにも、戻ってきたことにも、誰も気づいていないだろうし。

 どうしようかな。このまま、こっそり帰ろうかな。帰れそうだな。
 でも、輪の向こうにある荷物、どうやって取りに行こうかな。タイミングを図らなきゃ。

 そんなことを考え始めながら、とりあえず、パッと見で極端なぼっちにはならないように、輪の近くに座って様子を見るぼく。
 ケータイを出し、難しそうな顔をして、ちょっと重要なメールが来て一時的に輪から少し外れている人、みたいな小芝居をしてみるぼく。愉快な愉快な大根演技である。とことん無意味な見栄である。


 そんなとき、Aさんというひとつ年上の女の先輩が急に近づいてきて、ぼくの隣に座った。

「なにしてるのー?ひとり?じゃあ、私と話そうよー!」

 いかにも快活で、明るくて、悪く言えば脳天気そうな声のトーンとしゃべり方だった。
 せっかく話しかけてきてくれたのにこんな感想を抱くのは最低だけど、この人、すごく頭悪そうだぞ……
 それに、この人はたしか、さっきまではぜんぜん違う輪にいて、すごく大きな声で豪快にワハハハハーと笑いまくっていた人だ。絶対、ぼくとは相容れないタイプの人種だ。

 そんな人が、なぜぼくのところに……


「私、Aっていいます。よろしくねー!」
「あ、木村彩人です……よろしくお願いします」
「木村くんね!木村くんは、どこ出身なの?関東?関西?」
「いえ、広島県です」
「へー、広島なんだ!」
「はい」
「……」
「……」

 えっ?終わり?話続かないのこれ?

「……あっ、私は熊本!私たちあれだね、西から来てるつながりだね!」
「熊本ですか。たしかにそうですね」
「……」
「……」

 えっ?待って待って、なにこれ?
 なにこの、ちょいちょい挟まれる沈黙?なんなの?リア充ってそういうもんなの?


 いや、当然、原因の大半がコミュニケーション能力ゼロのぼくにあるのはわかっている。
 でも、いかにも豪放磊落っぽい人が明るく話しかけてきたら、あれじゃないですか。ふつう、もうちょっと盛り上げてくれると思うじゃないですか。

 この人は、いったい、なんなんだ?

「木村くんは、なに学部なの?」
「文です」
「へー!私は社会学部!」
「そうなんですか」
「……」
「……」


 そんな弾まなさすぎる会話をその後も何度か繰り返すうち、ぼくはいくつかの確信を得た。

 まず、この人は、すごくやさしい人だ。
 だって、あんなに輪の真ん中ではしゃいでいたのに、ぼくがひとりになっていることに気づくやいなや、パッと輪を抜け出して、ぼくに話しかけてきてくれたんだから。
 気づける人だし、動ける人だ。困っている人がいたら、つい手を差し伸べてしまうタイプの人だ。

 そして、この人は、すごいアホだ。
 大きな笑い声で場を明るくしたり、集団のなかで話したりすることは得意なんだろうけど、初対面の人と1対1で話をするのは明らかに苦手そうだ。相手を問わず話を盛り上げるような話術はどう見ても持っていない。
 にも関わらず、ノープランでぼくみたいなぼっちのところに来てしまったのだ。
 「あっ、ひとりになってる子がいる!行かなきゃ!」と思って、それだけで動いた。そのあと、自分が困るハメになってしまうことも予想せずに。


 絶対、人生を損して生きるタイプだなあ、と思った。
 しなくていい苦労をしまくってしまう人だろうなあ、と思った。

 そして、それって、なんてすてきな人なんだろう、と思った。


 ぼくは、Aさんに恋をした。
 
 ずっとぼっちで友達すらいなかったぼくは、当然、恋愛のしかたもわからなくて、1年生の春に好きになったのに、付き合うことができたのは3年生の秋だった。2年半もかかってしまった。
 で、お察しの通り、このAさんというのが、いまのぼくの妻である。



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 いまでもときどき、妻には「なんで私のこと好きになったの?」なんて冗談っぽく聞かれるのだが、ぼくはいつも適当にごまかしている。
 「すごくやさしいし、すごいアホだから」と言ったら「すごいアホってなんだよ!」と怒られるだろうから。あと、恥ずかしいし。
 
 妻はいまでも、すごくやさしいし、すごいアホだ。