151226

 先日、仕事を終えて帰宅すると、なぜか横浜DeNAベイスターズのレプリカ帽子とパンフレット、2016年の試合スケジュールマグネットがテーブルの上に置いてあった。
 「これなに?」と妻に聞くと、「保育園でもらってきた」と言う。

 は?保育園?保育園とベイスターズになんの関係が?

 疑問に思ってネットで検索すると、下記のような記事が見つかった。

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「横浜DeNAベイスターズ 5周年企画第一弾発表会」と「ベースボールキャッププレゼント」を行いました
https://www.baystars.co.jp/news/2015/12/1201_05.php
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 なんでもこれは、ベイスターズ球団から、神奈川県内の幼稚園・小学校・特別支援学校・保育施設などに通う約72万人の子どもたちへのプレゼントらしい。
 なんとも気前のいい話である。ぼくは生まれながらのカープファンだが、ここまでやってもらえるとさすがにベイスターズのこともそこそこ好きになってしまう。

 しかしこれ、72万人というとけっこう大規模な話である。このニュースを見て「めちゃくちゃお金かかってるんじゃないか?」と思った人もいるだろう。
 そこで、ベイスターズ球団のこの取り組みの費用対効果について考えてみたい。



コストは?

 ベースボールキャップの製造原価は、個数によって単価が大きく変動する。
 今回はレプリカ帽子であるので、デザイン費はさほどかかっていないし、材料費も耐久性を重視しなくていいぶん少し安い。加工費・印刷費等がメインとなる。
 数万個の生産であれば単価100円を超えてしまうこともありそうだが、72万個という超大規模の生産となると100円は割っているはず。1個あたりの製造原価はだいたい75~90円くらいではないだろうか。

 あとは管理・保管等にかかる諸経費、幼稚園・小学校等の各施設への配送費、外注費を除く社内の労務費(人件費)などがかかっている。そこも考慮すると、1個あたりのトータルコストは100~120円程度と見るのが妥当だろう。

 すなわち、安く見積もっても100円×720,000個で、この案件には7,200万円程度のコストがかかっていると考えられる。もちろん相場をベースとする推測だが。



観客増による利益は?

 7,200万円(推定)のコストをかけた以上、当然、球団としてはそれに見合う利益を生み出さなければいけない。

 いちばん想像しやすい利益の源泉は、これのおかげで来シーズン増加するであろう観客動員数による収入である。
 「キャップをもらったことでベイスターズに興味を持ち、試合を観に来てくれる子どもがたくさん増えるはず」という、わかりやすいシナリオだ。
 今回、配布対象を小学生以下の子どもに限定しているので、球団としては効果測定は非常にしやすい。小学生以下の来場者数、または小学生以下の子どもを連れた家族の来場者数を昨年度と比較すればいいのだから。
 それをした結果、その層の観客動員数がべらぼうに伸びていて7,200万円以上の利益増があれば、この取り組みは大成功でした、ということになる。
 しかし……
 


観客動員数の増加だけでは元は取れない

 どう考えても、子どもの動員数が多少増えたところで7,200万円を回収するのはムリである。
 たとえば、1試合あたりの平均観客動員数がこれで300人増えてくれたとしても、チケット代による年間の利益増額はどう計算しても7,200万円には届かない。せいぜい5,000~7,000万円だろう。
 しかも、平均300人増える、というのはかなりの希望的観測である。実際にはせいぜい半分の150人がいいところだろうから、利益もせいぜい3,000万円だろうか。
 約7,200万円をかけて3,000万円を得る。大赤字じゃないか!



パブリシティによる絶大な広告効果

 ではなぜ、ベイスターズ球団はこんな取り組みを実行したのか。

 その答えが「パブリシティ」である。

 ベイスターズ球団は、このベースボールキャップ配布活動に際し、すぐにプレスリリースを出し、大きめの記者会見も行った。
 この取り組みはベイスターズとしてはもちろん、他の球団でも前例のないことであるから、全国のメディアがこぞってこれをニュースとして取り上げた。
 この「自社の取り組みを発信し、マスメディアにニュースとして取り上げてもらう」広報活動を広告業界の用語でパブリシティという。

 広告というのは、とにかくカネのかかるものである。
 たとえば、読売新聞などの全国紙に全15段(1ページまるまる)の広告を出すと掲出料だけで軽く2,000~3,000万円はかかる。
 ゴールデンタイムに全国ネットの高視聴率番組でテレビCMを流すのも、それに近い費用がかかる。制作費を含めると当然もっとかかる。

 しかし、パブリシティはタダである。
 あたりまえだ。それは新聞社やテレビ局が勝手にニュースとして取り上げているだけであって、そこに広告制作費や掲出料は一切発生していないのだから。

 全国のさまざまな新聞、テレビ、ラジオ、ネットニュース。
 それらすべてにマトモに広告を出して球団を宣伝し、全国全世代の認知度や理解度、好感度を向上させようとすると、数億円では済まないレベルの話になってくる。
 しかし今回、ベイスターズ球団は約7,200万円のコストで、それに近い結果を生み出したわけである。

 マスメディア受けのいい、「わかりやすくて」「前例のない」取り組みをやること。そしてそれを、「早く」「大きく」プレスリリースと記者会見で発信すること。
 横浜DeNAベイスターズはそれが非常に上手だ。いわば、「ニュースを作る」のがとてもうまいのだ。



ニュース作りがヘタな日本プロ野球界


 もともと、NPBの多くの球団はニュース作りがヘタである。それにはちゃんとわけがある。

 プロ野球をビジネスとして考えたとき、その中心となっている球団は昔からずっと圧倒的に読売ジャイアンツだ。
 たとえば、その巨人がパブリシティを意識して積極的にさまざまな新しい取り組みを行っていたならば、各球団もそれに追随して、プロ野球全体の「ニュースを作る」意識と技術がどんどん向上していっただろう。

 しかし、巨人は自前でマスメディアを持ってしまっている。読売新聞と日本テレビである。
 つまり、新しい取り組みなんかしなくても、平凡なできごとをいくらでもニュースとして掲載できてしまうのである。誰それがどこそこを訪問しましたよーとか、本拠地でファン感謝イベントを開きましたよーとか、クソつまらない内容であっても。
 トップの球団がそんなんだから、ほかの球団も当然「あ、それでいいんだ」と思ってしまう。刺激を受けることがなかったのだ。



横浜DeNAベイスターズがもたらした「新風」


 そんな古臭いNPBの広報体質に、DeNAという若い企業が新しい広報戦略・戦術を持ち込み、風穴を開けた。
 実際、DeNAベイスターズは、非DeNA時代と比べて順位はたいして上がらないのに観客動員数は激増という、ある意味異常な状態となっている。それだけ広報の効果が出ている、ということだ。

 ちょっと脱線するが、この状況はここ数年の大学業界と非常に似ている。
 「早慶上智」「MARCH」「関関同立」など、偏差値至上主義にもとづく凝り固まった業界の序列に、近畿大学が「近大マグロ」をはじめとする卓越したパブリシティ戦略で殴り込みをかけたのだ。
 それで実際、近畿大学は年々志願者数を伸ばし、数年前ついに明治大学を抜いて志願者数日本一の大学となった。じつは偏差値も年々上がっている。



 近畿大学のように、今後ベイスターズが「観客動員数日本一」の球団になれるかどうかは正直わからないが、個人的には決してあり得ない話ではないと思う。
 それくらい、いまのベイスターズと他11球団には、「ニュースを作っていくこと」に対する意識と技術に圧倒的な差がある。