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 いちどは発売中止になりかけたが、ゲーム性の高さに「週刊ファミ通」が注目。その後押しを受けて発売されたという、変わった経緯を持つゲーム。
 それが『トレード&バトル カードヒーロー』(任天堂/2000/ゲームボーイ)だ。

 ファミ通の熱心な読者だった当時中学生のぼくは、クロスレビュー殿堂入りの高い評価に惹かれて購入。時間を忘れて熱中した。
 殿堂入りの名は伊達ではなく、『カードヒーロー』はひとつひとつの要素がきわめて優れていたゲームだった。

 まず、親しみやすさや覚えやすさに重点が置かれた、子ども向けのキャラクターデザインとネーミング。
 たとえば、ゴミ箱に羽がついた「トリゴミー」というモンスターがいて、それは不要になった近くのモンスター、つまり「ゴミ」を取り込んで自身を強化する能力を持つ。「ゴミ箱」+「鳥」+「ゴミ取り」+「取り込み」で「トリゴミー」というわけだ。非常にわかりやすいし、うまい。
 そして、ゲームボーイという低年齢層向けのハードでありながら、大人も、それこそファミ通編集部のようなヘビーゲーマー集団ですら唸る、奥深いゲーム性。
 一見強そうなカードがじつはそうでもない。どう見ても使い道のなさそうなカードがじつはとても使い勝手がいい。そんなことがいくらでもあり、プレイヤーの頭をつねに悩ませた。
 さらに、難度の設定も練られていた。敵CPUが非常に賢く、こちらがミスするとそれを指摘するがごとく確実にスキを突いてくる。ストーリー後半にもなると、 CPUが何分も長考して「本気で殺しに来る」ことがあたりまえになる。
 これらの要素は個別に見れば、どれを取ってもカードゲームの手本となるべきすばらしいものであったと思う。

 しかし、カードヒーローにはひとつだけ足りないものがあった。
 そして、そのたったひとつの不足は、ゲーム制作・販売においてはあまりにも致命的だった。

 「ターゲティング」である。

 このゲームを誰に向けて作るのか。誰に遊んでほしいのか。それがまったくハッキリしていなかったのだ。
 そしてそのせいで、「子ども向けすぎるキャラクターデザインに、大人向けすぎるゲーム性」という、いびつなゲームが生まれてしまった。

 子どもは、とっつきやすそうなゲームだと思ってプレイし始めるが、奥深すぎるゲーム性と高すぎる難易度についていけなくなる。本来、子ども向けのゲームにするならば「時間をかけて強いカードを集めれば力押しでも倒せる」というような救済措置を設けておくべきなのだが、カードヒーローにはそれがなかった。
 いっぽう、大人は手に取りさえすればファミ通編集部メンバーのようにハマるのだが、キャラクターデザインや発売ハードの関係で、そもそもソフトを手に取る確率がきわめて低かった。

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 この矛盾を象徴している存在が、カードヒーローを代表するマスコット的なモンスター「ボムゾウ」だ。
 爆弾(ボム)がモチーフだから「ボムゾウ」。見た目も丸っこい爆弾そのもの。カードのレアリティは低く序盤から手に入る、親しみやすさ抜群のカードだ。
 しかし、その能力は「自爆」。敵にダメージを与えると自分もダメージを受ける。レベルアップするとHPがなんと「下がる」。理解して使いこなすのは非常に難しい。
 ボムゾウは、見た目はマスコットにふさわしかったが、中身があまりにも「玄人好み」すぎたのだ。
 ちなみに、続編の『高速カードバトル カードヒーロー』(任天堂/2007/ニンテンドーDS)ではその反省が活かされ、かわいらしく使いやすい「ラッフィー」という犬のモンスターがマスコットとして採用された。


 おそらく、カードヒーローの制作スタッフは、みんな優秀だった。個々の能力はとても高かった。
 しかし、それをまとめる力が絶望的に欠けていた。制作開始の段階でたったひとこと、「こういう人に遊んでもらえるように作ろう」と言える人がいなかったのだ。

 世の中のゲーマーがカードヒーローについて語るとき、「隠れた名作」とか「俺は好きだよ」とかいう言葉が出ることが多い。
 それは、この作品が決して駄作ではないことと、文句なしの名作というわけではないことを同時に意味している。

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 いまとなっては、そういう不完全さも含めてぼくはカードヒーローが大好きなのだけれど、そう言うと「懐古厨だ」なんて笑われてしまうだろうか。