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 『艦隊これくしょん』(艦これ)は、失敗にきわめて寛容なゲームだ。

 艦これは、基本無料で遊べるゲームとしては異常なほど「優しい」と言っていい。知識不足や判断ミスによってプレイヤーが失敗を犯しても、必ずなにかしらのリターンが得られるように設計されているのだ。

 たとえば、「建造」ではどんなに資材の配分を間違えても、必ずなにか一隻の艦娘が完成する。
 「開発」は失敗することも多いが、その場合は開発資材は失われずに済むし、『新装備「開発」指令』などの任務(クエスト)はなんと開発失敗でも達成となる。
 他の提督(プレイヤー)と戦う「演習」では、敗北してしまっても多くの経験値が入手でき、失うのは戦闘で直接消費した資材だけ。
 多くの資材を得られる「遠征」では、レベルが足りなかったり編成を誤ったりして失敗することはあるが、そうなっても経験値だけはもらえる。
 さらに言えば、建造にも開発にも演習にも遠征にもさんざん失敗しまくって、資材が底をついたとしても、「詰み」にはならない。放っておけば資材はどんどん自然回復していくので、数時間、あるいは数日待てばほとんど元通りである。多くのゲームにはゲームオーバーがあるが、『艦これ』はそうなりようがないのだ。

 このように『艦これ』は、想定される失敗のほぼすべてに救済要素を盛り込んでゲーム設計を行っている。
 これにより、プレイヤーはミスを犯しても「時間のムダだった」と思うことがない。少量ながら、なにかしらのリターンが得られているわけだから。
 この計算され尽くした、徹底してプレイヤーに優しい設計こそが、『艦これ』が多くの人に長く愛され続けるゲームになっている最大の要因であると思う。


 ところがなぜか、『艦これ』にはたったひとつだけ、その基本設計にそぐわない要素がある。
 いや、そぐわないどころか、真逆。リターンを与えないどころか、プレイヤーに絶望をもたらそうとする、きわめて厳しい要素があるのだ。

 「轟沈」である。

 「出撃」で艦娘が大破し、それでも進軍して強引に戦闘を継続した場合、艦娘は轟沈してしまうことがある。
 船を擬人化した艦娘の轟沈。それは見方によっては人の死そのものだ。
 
 轟沈した艦娘は、二度と蘇ることはない。所有艦娘の一覧からいなくなり、装備も失われ、完全に存在が消える。『艦これ』には蘇生アイテムはないので、どんなにお金を払っても蘇らない。ゲームは自動でセーブされるので、急いでブラウザを再起動してもなかったことにはならない。
 轟沈は、本当に何も残さない。ただ、プレイヤー自身に後悔と反省が残るだけだ。

 なぜ、ここだけ、こんなむごい仕様にしたのだろうか。
 「轟沈」のリスクと緊張感がゲームのスパイスとなっていることは確かだが、たとえそれがなくても『艦これ』はよくできたゲームだ。
 かわいい艦娘たちを気ままにのんびり集めて育てて、というだけのゲームでいることだって、充分にできたはずだ。


 『艦これ』は、第二次世界大戦および当時の軍艦を題材にしたゲームである。
 その大戦は、言うまでもなく、世界中でとてつもない数の犠牲者を出した。日本にとっても世界の多くの国々にとっても、忘れてはならず、また、繰り返してはならないできごとだ。

 死んだ人は、二度と戻ってこない。どんなに強い人でも、どんなに特別な人でも、どんなに大切な人だったとしても。
 戦争とは、そんなあまりにもむごいことが、たやすく起こり得ることなのだ。

 失敗に寛容な『艦これ』が、ゲームの基本設計思想に反してあえて設けた、ただひとつの許されない失敗。
 ぼくはそこに、制作スタッフの強い想いが込められている気がしてならない。

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