ゲムぼく。

ゲームはぼくの人生だ。略して「ゲムぼく。」
ゲーム中心の趣味ブログ。

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 ぼくはいま『千年戦争アイギス』を熱心にプレイしているが、最近、同じ職場内で『艦これ』の熱心なプレイヤーであるK、『フラワーナイトガール』の熱心なプレイヤーであるSと知り合うことができた。

 いずれもDMMゲームズの主力タイトルである。
 当然、3人とも3タイトルそれぞれの存在は知っているし、ぼく自身を含め掛け持ちでプレイしている人もいる。でも、いちばんハマっているゲームはキレイに異なる。おもしろい現象だ。

 なぜこの違いが出たのか。たったひとりずつのサンプルとはいえ、各人物の性格や人間性を比較してみると、なにか見えてくる傾向があるかもしれない。
 3人をカンタンに比較してみた。


■艦これにハマっているK
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・29歳 男
・理工学部出身
・長身
・イケメンではないがとても人当たりがいい
・努力家
・ゲーム以外の趣味は読書
・好きなタイプは落ち着いた人
・青春時代の思い出は自作PCゲーム作り


■フラワーナイトガールにハマっているS
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・25歳 男
・経営学部出身
・細マッチョ
・気前がよく金遣いが荒め。後輩によくおごる
・ゲーム以外の趣味は自転車
・好きなタイプは背の高い美人
・青春時代の思い出は部活(野球部)


■千年戦争アイギスにハマっているぼく
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・28歳 男
・経済学部出身
・短足胴長
・極度の人見知り
・ゲーム以外の趣味は妻のタンスを勝手に開けブラジャーを並べ替えて興奮すること
・あと妻の外出中に全裸でブラジャーだけを着けて全力で恋するフォーチュンクッキーを踊ること
・デブ専。森三中の村上が本気で好き
・青春時代の思い出は修学旅行のディズニーランドで一緒に回る友達がおらず駐車場に6時間座っていたこと



 なるほどつまり、『艦これ』にハマるのは理知的でマジメな人、『フラワーナイトガール』にハマるのはアクティブでおおざっぱな人、『千年戦争アイギス』にハマるのはどうしようもない変態ダメ人間であると言うことができそうだ。
 みなさんも、くれぐれもアイギスプレイヤーには近づかないように気をつけてほしい。ぼくも気をつけます。



 PlayStation3で、アプリケーションの削除に失敗したとき起動中のアプリを停電などで不正に終了してしまったとき、データが壊れて「破損データ」が残ることがある。


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 これ。なんとも邪魔である。
 しかもこれ、「削除」を選んでも消えないことがある。なんともタチが悪い。

 ぼくは3年前、『ガンダムブレイカー』の体験版を削除しようとしたら失敗して破損データに変わり、消すことができずきのうまで3年間残り続けた。ぼくがガンダムブレイカーシリーズを嫌いになったのは言うまでもない。

 しかし、きのう、正しい削除方法を見つけて、ようやく消すことができた。


 その方法とは、削除を選んで「ひたすら待つ」ことである。


 破損データの削除を選ぶと、画面は「ファイルサイズを計算しています」とか「削除中……」とかの表示のまま、まったく動かなくなることが多々ある。多くの人は、「フリーズしたのかな?」と思うはずだ。

 しかしこれ、画面は動いていないが、じつは裏で削除はちゃんと進んでいるらしい。
 電源を切りたくなるのをグッと我慢して、数十分、あるいは数時間待つと、消えてくれるのだ。

 もちろん、すべての破損データがこれで100%消えるとは言い切れないが、かなり解決率の高い方法であることは間違いない。
 ぼくの『ガンダムブレイカー』破損データは、PS3をセーフモードで起動してファイルシステムの修復を行っても消えなかったが、この方法でキレイに消えた。


 これまで、削除の途中であきらめて電源を切ってしまっていた人は、ぜひ試してみてほしい。
 削除に要する時間はまったく読めないので、寝る前にやってみて、朝に削除できたかどうか確認するのがいいだろう。

【PS4】ガンダムブレイカー3
バンダイナムコエンターテインメント
2016-03-03


 Android端末はもちろん、iOS端末でもプレイ可能となった『千年戦争アイギス』。

 誰でも手持ちのスマートフォンで気軽に遊べるようになったが、いっぽうで「画面が小さくて操作しづらい!」などと困っている人も多いだろう。
 たとえば、ぼくはiPhone5Sをふだん使っているが、4インチの画面はアイギスをプレイするには明らかに小さい。親指で操作するにしろ人差し指で操作するにしろ、指で配置ポイントが隠れてよく見えなかったり、間違って隣のユニットのスキルを発動しそうになったり……

 そこで登場するのが「タッチペン」である。
 幸いというかなんと言うか、うちにはタッチペンが山ほどある。ぼく自身がiPhone3GSや初代iPadのころからのスマホ・タブレットユーザーであり、そのころからずっとタッチペンをあれこれ買いあさっているからである。もう捨ててしまったものも含めて、これまで買ってきた数は30本くらいにはなるだろう。


 というわけで今回は、およそ十年来のタッチペン好きであるぼくが実際の使用感にもとづいて独断と偏見で選定した、千年戦争アイギスのプレイに適したタッチペンを5つ紹介する。
 スマートフォン・タブレットユーザーで、指でのプレイに不便を感じている王子はぜひ参考にしてほしい。



【プリンストン PIP-TP2】



 5年以上前からある定番商品で、価格は1,000円を切る。安さと安心感で選ぶならコレ。
 ペン先はゴム。ゴム製は質が悪いと滑りが悪かったり先端がポロッと取れたりしてしまうが、これはそうした報告が非常に少ない。さすが息の長い定番商品と言うべきか。
 色はブラックとホワイトの2種類。個人的にはホワイトの質感が明るく美しいのでオススメ。



【aibow abw-p18】


 ペン先が繊維製の製品のなかでは最安。なめらかさで選ぶならコレ。
 繊維製は、ゴム製と比べて「滑りがいい」「ペン先が少し細め」という長所を持つ。いずれも『アイギス』を含むゲームプレイ時には大きなメリットになる。
 繊維製は摩耗しやすいのが弱点だが、これは3本セット、しかもペン先交換可能にすることでそれをカバーしている。
 この製品特有の欠点は、液晶保護フィルムとの相性によってタッチ感度が悪くなりやすいこと。耐衝撃フィルムなど、分厚い保護フィルムを使っている人は気をつけよう。逆に言えば、もともとフィルムを貼っていない人ならタッチ感度が悪くなる心配はないのでかなりオススメ。



【BUFFALO BSASP1】


 ペン先がサインペンほどの細さ。ペン先の細さ、画面の見やすさで選ぶならコレ。
 この手の極細タッチペンは対応機種が限定されていることが多いが、これは機種を問わない。どんなAndroid端末でもiOS端末でも使用可能。
 「単4電池が必要」「価格が高い」というのは欠点だが、そのぶん使用感は現行製品のなかでは最高に近い。高くてもいいからいいモノがほしい人や、ゲーム以外の細かい作業、たとえば絵を描くのにも使いたい人などにオススメ。
 交換用ペン先が4つ付属するため、いちど買ってしまえばかなり長く使える。色はゴールド、シルバー、ブラックの3種類。



【The Friendly Swade ディスクスタイラスペン】


 ペン先の細さ、画面の見やすさに優れるという点は上記のBSASP1と同じだが、こちらはそれに加えて価格が安めというメリットを持つ。
 ディスクスタイラスペンというかなり特殊な形状で、ペン先に透明のディスクが付いている。使い始めは戸惑うが、ディスクは透明かつ可動式なので、画面は見やすいしペンを立てても寝かせてもきちんと操作できる。
 耐久性はあまり高くないが、2本セットのうえ、交換用のペン先が4つ付属するので安心。
 欠点は持ち運びや保管の際、付属のキャップが必須なこと。あとは特殊な形状なので、見た目にペンらしさを求める人には合わないかもしれない。慣れれば使いやすいのだが。



【Wacom Bamboo Stylus mini】


 イヤホンジャックに挿して持ち運び可能な小型タッチペン。携帯性で選ぶならコレ。
 邪魔にならず持ち歩けるのが最大のメリット。価格も安め、ペン先も比較的細め、カラーバリエーションが豊富といったところもありがたい。
 操作感は人によって好みが分かれる。ペンそのものが短いため、感覚的にはペンというよりチョークに近いと考えるとわかりやすい。ぼくは鉛筆なんかでも短いと力が入れにくくて上手に書けないタイプなので、正直ちょっと合わないと感じることがあった。




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 ちなみにぼくは、昔から使い慣れているということもあって、最初に挙げたPIP-TP2をもっとも愛用している。
 見た目がシンプルで、持ちやすくて耐久性もあり、安いので壊れたり最悪なくしたりしてしまってもダメージが小さいことが大きい。

 あなたも、自分なりに重視するポイントや見た目の好みを考えながら、ベストなタッチペンを探してみてほしい。

 千年戦争アイギスをお題にした「アイギスなぞかけ」
 ひたすらうまいことを言い続けるだけの企画。お題随時募集中。


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フューネスとかけて、
宿題は明日やるしととく。
そのこころは、
きょうせんし



ファーとかけて、
野口英世ととく。
そのこころは、
せんえん



弓兵ソーマとかけて、
議事録ととく。
そのこころは、
しょきに必ずお世話になります。



青竜のガドラスとかけて、
キャバクラに初めて来たウブな客ととく。
そのこころは、
すてーき!と言われていいエサにされます。



聖夜の弓騎兵サラサとかけて、
ベースボールアカデミーととく。
そのこころは、
通称BBAと呼ばれます。



ブラックユニットとかけて、
限定ポストカードととく。
そのこころは、
たよりになるけど簡単には手に入らない。



クラスチェンジとかけて、
人口50万以上の都市ととく。
そのこころは、
せいれいの指定が必要です。



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ペガサスライダーとかけて、
不良ととく。
そのこころは、
ひこうして上から目線で多くの相手を攻撃します。




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 『千年戦争アイギス』において、2015年のクリスマスに合わせて実装されたユニット、「聖夜の弓騎兵サラサ」
 初のイベント産ボウライダーということで注目が集まり、多くのプレイヤーが入手・育成に力を入れました。自軍の主力メンバーとして使っている人も少なくないでしょう。

 その愛着ゆえでしょうか。
 サラサは、王子たちからさまざまな愛情こもったニックネームで呼ばれているようです。そのバリエーションの豊かさは、全ユニット中でも一、二を争うかもしれません。

 そこで、サラサがどんな素敵なニックネームで呼ばれ、愛されているか、Twitterからまとめてみました。



【ババア】

 サラサのあふれんばかりの魅力を3文字に凝縮。ババア!愛してるぞババア!



【BBA】

 ババアの亜種となるニックネーム。アルファベットでのおしゃれな表現は、己の年齢を無視したおしゃれに挑戦し続けるサラサへのリスペクトでしょうか。



【サラサさん】

 外見的にも言動的にも、ほとんどの王子よりも年齢が上であると推測される素敵な女性ですから、思わず「さん」付けになってしまう王子が多いようです。人生の大先輩ですもの。



【サラサおばさん】

 「クレアおばさんのクリームシチュー」に通ずる母性を感じます。サラサおばさんのミルククッキーみたいなのを作ったらけっこう売れるんじゃないでしょうか。



【コスプレおばさん】

 加齢や肌の劣化や体力の衰えや老眼に負けずサンタコスプレを続けるサラサへの尊敬の念がギュッと凝縮されたニックネーム。サラサのメンタルの強さを再確認できる素敵な愛称です。



【乳ババア】

 シンプルながら破壊力抜群のニックネーム。ほとんどの王子は、「乳ババア」と聞けば「あ、サラサのことかな」と理解できるでしょう。特徴を完璧にとらえています。



【おばサンタ】


 これまた短いフレーズで特徴を完璧にとらえたニックネーム。アイギスで「おばサンタ」と言われれば誰もがサラサを思い浮かべることができるはずです。
 いっそ「聖夜の弓騎兵サラサ」よりも「おばサンタサラサ」のほうが「ああ、あのキャラね」とピンと来る人が多いかもしれません。



【言語センス昭和ポーズも昭和いい歳こいてサンタコスプレ行き遅れバブルの生き残りトナカイダンス勝手に運命の人認定ストーカー完璧おっぱいスタイル抜群めちゃシコ美ババア】

 ああもう、魅力が多すぎる!ごたくはいいからババア結婚してくれ!




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 このように、思い思いの、愛情がたっぷり詰まったニックネームで呼ばれ、みんなに愛されているサラサ。
 いないとは思いますが、もしまだサラサを育てていないという人がいたら、ただちに育てて一軍メンバーに加えることをおすすめします。
 自軍の戦力も平均年齢もグッと上がること間違いなしですよ。


アラサーあるある
リベラル社
2013-06-04


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 スマートフォンやタブレットの普及率は年々高まり、電子書籍は多くの人にとって身近な存在となった。

 現在、日本における電子書籍ストアは、規模の大きい主要なものだけでも10以上ある。

・Kindleストア
・楽天Kobo
・honto
・BookLive!
・ebookjapan
・BOOK☆WALKER
・DMM.com 電子書籍
・コミックシーモア
・iBooks
・Google Play ブックス
などなど……

 これらのなかで、やはりいちばんメジャーなのはKindleストアだろう。
 使いやすく、専用端末が充実し、期間限定セールなどもそこそこ実施してくれて、なによりあのAmazonなのでしばらく潰れる心配がない。メリットは非常に多い。
 正直なところ、現状、Kindleストアをすべての面で完璧に上回るようなストアは存在しないと言っていい。

 ただし、観点を絞れば、Kindleストアよりも明らかに優秀な面を持つストアは存在する。


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 それが、価格面最強、圧倒的な安さを誇る「honto(ホント)」である。

 http://honto.jp/
 
 運営は、大日本印刷・NTTドコモ・丸善グループの合同出資会社であるトゥ・ディファクト。2010年サービス開始だが、前身である「ウェブの書斎」は2001年からなので、それを含めるとかなりの老舗である。


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 hontoの安さの秘訣は、「クーポン」だ。
 hontoに会員登録していると、不定期にメールでお得なクーポンが送られてくるのだが、その割引率と配信頻度が尋常ではないのがスゴいのだ。
  たとえば、
 
・全電子書籍50%OFFクーポン
・全電子書籍30%OFFクーポン(会員登録時にも自動取得)
・全電子書籍書籍20%OFFクーポン 有効期間内は何度でも使用可能

などがあり、なんとだいたい1~2週に1回くらいのペースでどれかしらが送られてくる。
 ちなみに、クーポンが送られてこない週はたいてい「ポイント○○倍キャンペーン」(10倍~20倍が多い)みたいなことをやってくれているので、それはそれでお得である。
 hontoにおいては、冗談抜きにクーポンやポイント特典の恩恵をまったく受けずに買うことのほうが難しいくらいだ。

 そして、hontoの電子書籍クーポンは「セール品もクーポン対象」「クーポン割引は合計金額に対して適用」という大きなふたつの特徴を持っている。
 ひとつめは、すでに安くなっている本をさらに安くできるということ。たとえば、「○○社のコミック全品半額!」というセールが実施されて500円の本が250円になっていたとしたら、そこから50%OFFクーポンを使用して125円にできるのである。じつに通常価格の1/4である。
 ふたつめは、まとめ買いに使えるということ。この手のクーポンは他のサイトだと「1冊のみに適用できます」なんてケチな注意書きが付くことも多いが、hontoは違う。同時に100冊にまで適用可能だ。1巻500円のマンガを100巻まで買ったら通常50,000円だが、そこに50%OFFクーポンを使えば一気に25,000円なのである。


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 これだけ安いと、買いたいけど巻数が多すぎて手が出せなかったコミックを一気買いしたり、フルプライスじゃ買う気がしないけど……くらいの微妙な本を買ってみたり、浮いたお金で子どもの絵本を買ってあげてみたりと、いろいろなことができる。
 honto、非常にオススメですよ。ホントは「hontoホントにオススメですよ」って言いたかったけど、さすがに言いませんよ。言っちゃったけど。



 なお、ぼくは平素、電子書籍の購読においてはKindleストアとhontoを併用している。その使用感にもとづいて、10点満点で各要素をカンタンに比較すると下記のようになる。

----------
【品揃え】
Kindle 10点 / honto 7点
(一般書籍・一般コミックはあまり差がないが、hontoはアダルトが非常に弱い)

【サイトの使いやすさ・商品の探しやすさ】
Kindle 9点 / honto 8点
(あまり差はない。わずかにKindleストアのほうが洗練されているか)

【アプリの使いやすさ】
Kindle 7点 / honto 8点
(だいたい似たようなものなので好みの問題。シリーズ自動まとめ機能など、hontoのほうが少し親切)

【電子書籍の価格】
Kindle 6点 / honto 10点
(Kindleもよく安売りをしてくれるほうだが、さすがにhontoと比べると差がありすぎる)
---------- 

 このため、ぼくは一般書籍・一般コミックはhontoで買い、hontoが弱いマイナージャンルやアダルトの作品はKindleストアで買う、という使い分けをしている。


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 ちなみに、クーポンの入手方法はメール配信を待つ以外にもある。
 代表的なのが、フレッツ光メンバーズクラブのポイント交換だ。500ポイントで500円OFFクーポンと交換できる。
 フレッツ光回線を引いていれば勝手に貯まるポイントなので、気がつくとそれなりに貯まっていた、という人も多いはず。契約している人はぜひ確認してみよう。



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 そこそこの品揃えと使いやすさ、そしてズバ抜けた安さを持つhonto。
 これから電子書籍に手を出そうとしている人や、新たな電子書籍販売サイトを探している人は、ぜひ選択肢に入れてみてはいかがだろうか。



 2012年夏に放映され、人気を博した深夜アニメ『TARI TARI』(P.A.WORKS)。
 神奈川県の鎌倉・江ノ島エリアを舞台にしたさわやかな青春群像劇であり、放映当時、多くのファンがいわゆる「聖地巡礼」にその地を訪れた。
 また、P.A.WORKS作品の例に漏れず、作画における舞台の再現度が異常に高かったことから、アニメファンのみならず現地の市民からも感心する声が上がった。

 その結果、放映から丸3年以上が経ち、聖地巡礼をするファンがほとんどいなくなったいまでも、江ノ島では『TARI TARI』が地元から愛されている光景を目にすることができる。


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 主人公・坂井和奏の実家のモデルとなった、「島の茶屋 あぶらや」。
 店の入口におすすめメニューが書かれた黒板があるのだが、ここにいまでも『TARI TARI』のキャラクターのイラストが描かれているのだ。

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 写真右下がそれ。
 しかもこれ、じつはたびたび描き変えられている。この写真では来夏が描かれているが、約1年半前に江ノ島に行ったときは和奏だった。おそらく紗羽が描かれていた時期もあるのだろう。
 なんとなく飾り続けているだけ、というわけではなくて、きちんと意識して大切にされているということがよくわかる。
 なお、店内にはTARI TARIファンのための聖地巡礼ノートや、多少ではあるがTARI TARIグッズも置いてある。ファンならば、江ノ島に行ったときにはぜひ立ち寄っておこう。


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 ぜんぜん関係ないが、江ノ島はネコの多い島でもある。
 TARI TARIファンはもちろん、猫好きな人にも観光をおすすめしたい。楽しいですよ。




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出典:http://www.bpnavi.jp/kuji/item/1430

 一番くじプレミアム「艦これ」-桃の節句-が2月13日から発売開始ということで、仕事帰りに自宅の最寄りのコンビニに寄ってみた。

 ……が、残念ながら売っていなかった。
 いつも艦これ関連の一番くじを扱ってくれているコンビニなのだが、珍しく今回は取り扱わないようだ。

 しかし、かわりにいいモノを見つけた。


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 4ヶ月ほど前の一番くじ、「艦これ」-提督、お食事ですよ!-在庫処分である。
 通常は1回620円で何が当たるかわからない(くじなので当然だが)のだが、200円~1,000円で任意の景品を選んで買えるようになっていた。

 じつはこうした格安での在庫処分、決して珍しい話ではない。
 一番くじは早めにA賞やB賞といったいい景品が出てしまうと、その後の売れ行きが悪くなりがちである。そのため、販売期間内に完売しない事態もしばしば起きる。
 そうなると、残った景品をどうするか。店としては、廃棄するか格安で売りさばくかしかないのである。

 こうした事態は、アニメイトやホビーショップなどの専門店では起きづらく、コンビニでは起きやすい。
 ほっといてもその作品のファンが遠くから買いに来てくれる専門店とは異なり、地元住民の利用に依存するコンビニでは売れ行きの当たり外れが生まれやすいからだ。
 要は、艦これの一番くじだったら、そのコンビニがターゲットとするエリアに艦これファンが多く住んでいれば売れるが、そうでなければ売れない、ということである。


 在庫処分となると、当然、A賞やB賞などの目玉景品はすでになくなってしまっている可能性が高い。
 しかし、たとえば自分の目当ての景品がE賞以下の比較的在庫が残りやすい物だったり、特に目当ての景品があるわけではないがなんとなく購買欲を満たすために適当に買ってみたいだけだったりする場合は、「少し待って、コンビニの在庫処分を狙う」というのはきわめて有意義かつオトクな方法である。
 選択肢のひとつとして、ぜひ頭の片隅に入れておくことをオススメする。


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 今回、ぼくはクリアファイル1個とスタンド2個を購入。通常価格ならくじ3回で1,860円だが600円で済んだ。
 正直、ものすごくほしかったわけではないが、なんとなく艦これグッズを買って購買欲を満たしたい欲求はあったので、たいへん満足した。


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 ちなみに、スタンドは全7種類からのランダムだった。
 まあ、個人的には加賀、龍鳳、ヴェールヌイ、間宮、夕張あたりは好きだから、そのへんが1個入っていてくれればなんの文句もない。


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 うおおおおおお!ふざけんなコノヤロー!!



【在庫処分を狙う際の注意点】

・そもそも目当ての景品が残っているとは限らない。
・選んで買えるとはいえ、中身がランダムの景品ならけっきょく思い通りにはいかないことも。
・在庫処分をしているということは、その店としては仕入れが失敗したということ。
 次に同作品の一番くじが出たとき、「前のやつは完売しなかったし、今回は仕入れるのやめとくか……」となる可能性がある。うちの最寄りのコンビニがまさにそうなったように。
 懐に余裕があるときには、通常の販売期間に通常通り買って、店に貢献することも考えよう。


このあたりにはくれぐれも注意しつつ、機会があればぜひコンビニの在庫処分を狙ってみてほしい。




 

闇の青春シリーズ


 ぼくは中学時代、友達がいなかった。
 いじめられていた、みたいなエピソードがあればいっそわかりやすいのだが、そういう目立ったできごともなく、ただシンプルに友達がいなかった。
 誰からも話しかけられないし、当然、こちらからも誰にも話しかけない。極端に影の薄い存在だった。


 14歳、中2の冬。
 ぼくは中1のころと変わらず誰とも関わることはなく、「もう14歳かあ、エヴァに乗らなきゃなあ」なんて空想をしながら日々を過ごしていた。

 そして2月14日、バレンタインデーがやってくる。
 はじめから期待はなかった。クラスにおいて存在しないに等しいくらい存在感のないぼくだから、本命だろうが義理だろうがチョコなんてもらえないことはわかりきっている。

 ところが、世の中は慈悲深い。女神というのは実在する。
 同じクラスの、バレー部に所属する短髪ボーイッシュ系の元気な女子が、昼休みになんとクラスの男子全員に「はい、あげるあげるー」とチロルチョコを1個ずつ配り始めたのだ。
 さながら戦後の配給。義理チョコ中の義理チョコ。
 一般的にはありがたみの薄い渡され方だが、それでも彼女はぼくのようなモテない男子にとっては救世主であった。メシアであった。広島県に舞い降りた平成のジャンヌ・ダルクであった。
 
 順々にチョコを配り歩き、徐々にぼくのもとに近づいてくる女神。
 ところがどっこい、ぼくの直前あたりで、女神は友達に話しかけられていったん立ち止まった。そのまましばし談笑。
 1分かそこら経ったあたりで、またねー、と手を振り、女神はふたたび歩き出した。そしてぼくの横を素通りし、ぼくの後ろの男子にチロルチョコを渡した。

 ……え?ぼくは? 

 これが後世に語り継がれる「ぼくってば全員配布からもあぶれるほど影薄い事件」である。ぼくの自伝があったら100ページほど割いて語りたいターニングポイントである。


 この絶望の瞬間、ぼくがふと思い浮かべたのは、意外にも母親の顔であった。
 ぼくがこんなにもモテず、こんなにも影が薄いということを、もしお母さんが知ってしまったらどう思うだろうか。さぞ悲しむのではないだろうか。
 なんせ、少なくともこのクラスにおいては、ぼくは間違いなく単独最下位。ほかの男子は最低でもチロルチョコひとつを獲得しているが、ぼくにはそれすらないのだ。

 ぼくは放課後、ある決意をして、家とは逆方向に自転車を漕いだ。友達がおらず、いつもまっすぐ家に帰っていたぼくにとって、人生で初めての寄り道だった。
 向かった先は、川を渡って隣町のセブンイレブン。ぼくは若者よりイノシシが多い田舎で育ったので、まともな商店はそこしかなかった。
 特に使い道もなくずっとカバンに入っていたおこづかいの500円玉3枚を握りしめて、店内に入る。すぐさま目的のコーナーに行くと必死な感じが漂ってしまうので、まずは「なんとなくふらっと来てみましたよ」という顔で店内を軽く一周。
 その後、お菓子のチョコレートコーナーで足を止めたぼくは、まずチロルチョコ1個と板チョコ1枚を手に取った。
 そして隣のバレンタイン特設コーナーにも行き、きれいに包装されてハートマークのシールがついた高級チョコも購入。その包装には「GODIVA」と書いてあった。「なんて読むんだ?ゴー・ディーヴァ?」と疑問は残ったが、見栄えはよかったのであまり気にしないことにした。

 レジを足早に去り、今度は家に向かって自転車を漕ぐ。
 きょうは木曜日だから、お母さんが早く帰ってくる日だ。ぼくも早く家に着かないと、「あれ?いつもまっすぐ帰ってくるのに、きょうはなんだか遅かったね」と怪しまれてしまうかもしれない。ぼくはペダルを強く踏み込んだ。 

 そして、家に着く直前。
 ぼくはいったん立ち止まり、セブンイレブンのレジ袋からチロルチョコを取り出して食べた。しかも、わざと口の横にチョコが付くように。板チョコと「GODIVA」のチョコはカバンに入れた。レジ袋は小さくたたんでカバンの隅に隠した。

 その後、いよいよ帰宅。案の定、母はすでに帰宅しており、台所にいた。
 「ただいまー」とぼく。「おかえりー」と母。母がぼくの顔をちらっと見た。この角度であれば、ぼくの口の横にチョコが付いているのは見えたはず。よし、第一段階クリアだ。
 続けざまに、ぼくはカバンから板チョコと「GODIVA」のチョコを取り出し、テーブルにひょいっと投げるように置いた。「これ、いらないから食べていいよ」と言いながら。
 「ん?どうしたのこれ?」と母。「あー、もらった」とそっけない返事をして、洗面所に手と顔を洗いに行くぼく。よし、第二段階クリアだ。

 完璧だ。完璧すぎる。ぼくは母親の前で、無事に「バレンタインデーに学校でチョコをそれなりにもらったけど平常心を保っているモテ男子」をやりきることができた。
 ……と、当時のぼくはたいへん満足した。


 あれから約14年が経ち、自分自身が人の親になったいま振り返ってみると、笑ってしまうくらい、ぜんぜん完璧ではなかったことがハッキリわかる。母は100%、ぼくのウソに気づいていたと断言することができる。
 あのとき母は、ぼくになにも深く質問してこなかった。当時ぼくはそれを「完璧にだませたから」だと思い込んでいたが、実際は違う。母は、一生懸命ウソをつこうとしたぼくを気遣ってくれたからこそ無言だったのだ。
 当時この真実に気づいていたらきっとぼくは死にたくなっていただろうが、いまとなっては「うわあ、恥ずかしいなあ」くらいで済む。いい思い出、というやつだ。


 今年のバレンタインは、妻に「なにがほしい?」と聞かれたので、「ゴディバのチョコがほしい」と答えた。妻はセブンイレブンではなく、デパート、たぶん高島屋で立派なやつを買ってきてくれた。
 妻はぼくにチョコを渡しながら、「なんでゴディバ知ってるの?食べものとかブランドとか興味ないくせに」と聞いた。ぼくが上述の中2時代のエピソードを語ると、妻は「そのころからバカだったんだねー」と大笑いした。また、「お母さん、うれしかったと思うよ。お母さんを心配させたくない、って思ってついたウソだったんだから」とも言ってくれた。

 ああ、こんなふうに笑ってくれて、こんなふうに言ってくれる人と結婚できてよかった。
 ぼくはあのとき自分では口にしなかった「GODIVA」のチョコを、心ゆくまでほおばった。


 

(前回コラム『アニメとドラマの違いと、ドラマ特有の「ゆらぎ」。』の続きです。)





 フィクション作品において物語を作るということは、「何か」を動かすことから始まる。
 ここで言う「何か」というのは、3つに大別することができる。

 「場所」「モノ」「人」である。

 「場所」を動かす、というのは、冒険ものや推理ものの作品を思い浮かべてもらうとわかりやすい。
 たとえば、新しい街に行って新しい仲間と出会う。旅行先の温泉宿で事件が起きる。環境を変え続ければ、物語を作り続けることができる。
 また、アニメなどの映像作品の場合、場所を動かすと映像の雰囲気も大きく変えることができ、視聴者に新鮮さを与えやすいのもメリットだ。

 次に、「モノ」を動かす。これは、グルメ漫画や『ドラえもん』がわかりやすい。
 新しい料理や道具が登場し、それによって人々がさまざまな反応や行動を起こす。これも新しいモノをどんどん出すことで、どんどん物語を動かし続けられる。
 アニメにおいては、これも毎回のように新しい画が出せるので、なかなか見栄えがいい。グッズ化展開に結びつけやすい、なんて副産物的なメリットもある。

 そして、最後に「人」を動かす。
 たとえば、将来の夢や人間関係に起因して登場人物の内面に葛藤、いわば「ゆらぎ」が生まれる。そのゆらぎそのものを描いたり、対話を通じてそれが解消され、精神的に成長していったりするさまを描く。
 これは先のふたつに比べ、画として明らかに地味である上、もっともアニメと相性が悪い。前回のコラムで述べたように、デフォルメの結晶であるアニメは「外面」と「一貫性」こそが表現のカギだからである。わざわざ「内面」の「ゆらぎ」から物語を動かそうなんて、物好きもいいところである。ただただ難しいだけである。

 ただ、それを全26話と劇場版を通じてやり続けたのが、『花咲くいろは』なのだ。




 『花咲くいろは』は、場所もモノも動かさない。アニメ本編を観た人ならそれはよくわかるだろう。
 つねに舞台の主軸は喜翆荘(きっすいそう)だし、目に見えて新しい要素が登場することはほとんどない。ついでに言うと、登場人物の数も序盤から最後までほとんど増えない。率直に言って地味である。

 では、なにを動かすのかと言うと、『花咲くいろは』は徹底して「人」の内面を動かすのである。
 『花咲くいろは』の登場人物は、例外なく全員が「ゆらぐ」。若者だろうと老人だろうと、しょっちゅう悩むし、考えが変わるし、人への態度も変わる。ひとことで「このキャラはこう」とその内面を説明できるキャラが存在しないのだ。
 主人公の緒花は基本的には明るく元気な性格であるとされているが、母親絡みのことや自身の恋愛絡みのことになるとウジウジした一面や嫉妬深い一面が出るし、旅館の仕事に対する姿勢も決して一貫しない。
 準主役の菜子や民子もやはり「ゆらぎ」が多いし大きい。特に民子は、あるとき緒花とようやく和解したと思ったらまた終盤で仲違いして、と、せっかく進展したストーリーを振り出しに戻すかのような動きすら見せることがある。

 これらは、ハッキリ言うとアニメとしては異常である。
 アニメはデフォルメの芸術であるから、「このキャラはいつも明るい」とか「このキャラはつねに○○を基準に行動する」とかいった明快な性格設定を行ったキャラを出すことが基本だ。
 また、仲良くなったと思ったらまた仲違いして、なんて、物語が進んでるんだか進んでないんだかよくわからない展開もNGだ。デフォルメの芸術であるアニメは、わかりやすく前進し続けなければならない。

 しかし、『花咲くいろは』はアニメの常識に逆らった。なんと2クール通して逆らい続けた。
 登場人物を「アニメキャラ」として動かすことをやめ、「人間」として動かすことに徹したのだ。

 実際のところ、全編を通して「ゆらぎ」続け、小さく前進したり後退したりを繰り返しながら、なんとかトータルではちょっと前に進んでいるような気がする、というような日々を歩む『花咲くいろは』の登場人物たちは、とてもリアルだ。
 残念ながら、そこにアニメキャラとしての派手さやわかりやすさは微塵もないが、ぼくはこれほど登場人物に「人間らしさ」を与えた作品をほかに知らない。


 『花咲くいろは』は、アニメにまったく興味のないぼくの妻がハマり、一緒に劇場版まで観にいってくれた唯一のアニメだ。そこからも、この作品がアニメとしてはいかに異質であったかを感じ取ることができる。
 ふだんはアニメを観るぼくを「へっ、いつまでも子どもみたいな趣味しちゃって」と鼻で笑う妻だが、『花咲くいろは』だけは何度も妻ひとりで劇場版Blu-rayを観ては号泣しているほどのハマりようである。どっか旅行でも行きたいね、という話になると必ず「石川!湯湧温泉!」と言い出すほどのハマりようである。

 妻はふだん、友達の名前はすぐに覚えるくせに、アニメや漫画の登場人物の名前はロクに覚えないのだが、『花咲くいろは』の登場人物は全員初登場時にすぐ覚えた。
 それはきっと、緒花をはじめとする彼女らが、妻にとって「キャラクター」ではなく「人間」として映ったからなのだろう。